金先物市場が生まれた日【2】

2023-02-24

通産省が方針転換、国際化見据え商品先物拡大政策

 東京金取引所(現・東京商品取引所)に金が上場されたのは1982年3月23日だが、前年の81年は、金上場への機運を高めるための商品先物業界の盛り上がりがピークに達した1年であった。熱が高まったのはその前年(80年)が、商先業界にとって通称「大穀取事件」(詳細は後述)や名簿盗難事件が立て続けに起こり、業界にとって気の滅入る年だったことへの反動とも言えるだろう。
 これらに加え金ブラック業者の台頭や香港取引所での金先物上場、商品先物取引所法の「八条逆転解釈」(詳細はシリーズ別記)など、商品先物業界にとって大きな出来事が続いたが、「国内で金先物が上場できれば問題は全て解決される」という、金に業界のエネルギーを集中させることで外界の雑音を処断する、ある種の逃避行動ともいえた。
 それでも当時の業界マスコミは、「合板の先物市場ですら、立会場まで作っておきながら実現しなかったくらいだから、金の上場など夢物語だ」という捉え方が多かった。
 それに金はコメとは違った意味での政治銘柄で、「商品」とみなせば通産省(現・経産省)の管轄、「準通貨」とみなせば大蔵省(現・財務省)の管轄であった。金を上場するとなれば「通産省vs大蔵省」の省益争いは不可避であり、ほとんどの業界関係者が通産省に勝ち目があるとは見ていなかったのである。
 ただ、この頃から通産省の商品先物業界に対する政策転換が始まりかけていた。具体的には商品先物業界に対し不拡大方針ともいえる規制での抑え込みから一転し、将来的な国際化を見据えた育成へと舵を切ったわけである。こうした方針転換は1990年12月の改正商取法施行で正式に表明されることになるが、その予兆は金上場前から芽吹いていたともいえるだろう。
 もっとも育成への舵取りは、商品先物業界が農水省・通産省の両省管轄だった点が大きく影響している。金上場前の商取行政は農水が通産に対し主導権を握る形で優位を保ってきた。当時の天下り勢力図をみても圧倒的に農水系が支配し、特に業界団体の主要ポストは農水出身者の独占状態だった。一方の通産側は「各方面から引き合いの声があるからわざわざOBを送り込むほどの業界でもない」というつれない態度だったが、農水省の立場を大きく後退させ、両省の力関係をひっくり返す嚆矢となった出来事が、前述した大穀取事件であった。


大穀取事件で商品先物イメージダウン、捜査の手は主務省へも

 大穀取事件とは、委託者紛議調停をめぐり商品先業者と大阪穀物取引所、主務省担当者の間で起こった贈収賄事件で、関係者13人が検挙され一般紙含め大きく報道された1980年9月の事件である。
 同年9月12日付の朝日新聞関西版で、大穀取調査部長と商品先物業者2社の贈収賄に関する報道が出た。第一報の段階では取引所と業者間の贈収賄であったが、これが後に主務省まで波及していくことになる。この頃は取引所が役所を代行する形で許認可の窓口となっており、何かにつけて監査担当の取引所職員が業者の事務所に出入りしていた。問題が起これば頻繁に協議を重ねるケースも当然発生し、時には営業停止処分を科すこともある。
 ただ、不思議なもので立場上対立する間柄であっても、頻繁に面会していると互いに情がわき親しみを感じるまでに関係性が発展する場合もある。面会の間、もしくは面会後に飲食を共にする機会も増え、そのうちに親しくなった取引所職員が単独で監査に入るようになる。こうなると贈収賄の下地はほぼ完成しており、飲食の費用は例外なく業者持ちだったが、これらが贈賄に当たる過剰接待と判定された。当然飲食のみならず物品や金銭も絡んでいたと見る方が自然だ。
 これについては多数の商品先物業者幹部が厳しい取り調べを受けた。ある業者の役員は長く拘留され取り調べを受けた後に開放され、グループ系列企業にふらふらになって辿り着き、崩れ落ちるように倒れ込んだという。髭や髪は伸び放題で体は異臭を放っており、受付嬢や居合わせた社員は当初誰だかわからず、ホームレスが迷い込んできたと勘違いしたようだ。か細い声で名乗り初めて周囲が、起った出来事を理解し手厚く労をねぎらったというが、こうしたケースはこの1件だけではないだろう。
 贈収賄の波は広がりを見せ、農水省の担当官に逮捕者が出ただけでなく、課長補佐が自殺するという大変な事態になった。主務省から業者に至るまで激震が走り、その余震は長く続いたため商品先物業界は社会的にも大きな痛手を受けた。
 大穀取事件に関する捜査の手が及び、事務次官、局長、課長まで省を上げて綱紀粛正を大合唱していた農水省に対し、通産省は対岸の火事を見るような冷やかしムードが半分、残りの半分は火の粉が自分たちにも及ぶのではないかという心配もあったようだ。

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