商先市場縮小の中で高まった取引システム共有化議論【4】
2023-10-17かつての東穀取立会場
システムに潜む「ブラックボックス」への不信感
結局中部取は総額8.9億円でNTTデータを取引システムの開発業者に選定した。
選定理由は①オープンシステムであるため、特定のハードウェア、ネットワークなどに依存することなく汎用性・拡張性が追求できる、②NTTデータが大手のシステムインテグレーターとして社会的に重要なシステム開発の実績を有している、③他の取引所の取引システムや日本商品清算機構(JCCH)のシステム開発、さらに商品先物業界に対しての知識・経験がある、といった点を理由に上げている。
一方、東穀取のシステムはパットシステムズのパッケージシステム「J-Trader」を採用していたが、これもオープンに近いもので、NTTデータとそれほど変わらないとする意見もあった。
これについて中部取は、パッツのシステムを日本の板寄せ取引に馴染んだものと認めた上で、ソースコードが公開されていないという点を上げ「ブラックボックスが存在している」と指摘した。
〈※ソースコードについては、Linuxなど完全に公開されているものを「オープンシステム」と指摘したと思われるが、実際ソースコードが全公開されているシステムはほとんどない。当時のパッツのシステムについても、取引所や会員には使用許諾権が与えられ、ロイヤリティの形で使用ユーザー数に応じて毎月支払うという、特別珍しい形式ではなく、これを「ブラックボックス」とまで呼ぶのは、中部取のシステムに対する理解不足と思われる。〉
取引所の指導性とその責任、また業者の責任は
この時期に行われた東穀取、中部取及び両取引所の振興協会の4者首脳会談で、2つの象徴的な出来事があった。ひとつは中部取が新システム計画で「会員に新たなコスト負担を強いることなく、取引所内部の留保資金で対応できる」とした発言があり、これに対して協会代表者から「取引所の内部資金は会員(商品先物業者)の資金である」と語気を荒げて諫められている。
確かに取引所の資金は会員組織である以上、会員に帰属するものである。今回のシステム問題にかかわらず取引所と業者間で問題となるのは、取引所の指導性とその責任の所在であった。
当時の中部取に限らずどの取引所でも、会議の場などにおいて主務省から実質的に生殺与奪の権利を付与された取引所執行部が提案する事業方針に異を唱えることは相当の勇気が必要であったことは間違いない。
委員や理事会員の多くは取引業者であり、異を唱えるよりも当面は同調し、取引所に従うことを選択する方がベターと判断したとすると、その後に辿る道筋も組織によらず展開に類似的な傾向が及んでくる。
「同調」は集団心理の典型パターンだが、その後は往々にして「離脱」という現象が生じてくる。
取引業者の中には「場合によっては会員脱退もあり得る」と取引所への不信感を顕にするところもあった。当時は中部取に限らず、流動性が落ち込んだ地方の取引所では会員のモチベーションが徐々に乖離していた。
思えば東穀取を解散にまで追い込んだ大もとの要因を突き詰めれば、やはりシステム問題に絡んだ信頼の喪失が発端だったとする見方もできる。
これが象徴的な出来事の2つ目に繋がってくるが、もうひとつは東穀取の新システムへの取り組みにおける他取引所に対する姿勢において「(説明などで)誠実さを欠いた」と指摘される点だ。取引業者の行為規制では投資家への説明責任が課せられていたが、単に説明して終わりではなく、理解させることが前提条件となっていた。
一方、確かにこの時の東穀取の説明は義務ではないにしても、道義的な責任と誠実さの点で適切であったかどうかで判断すれば、十分な配慮がなされていたとは言い難いともいえるだろう。
中部取を新システム構築に駆り立てた本音
中部取がこの時独自の新システムにこだわったことは、言葉には出さなかったが東穀取の取引仕法に対する不透明さがあったのかも知れない。東穀取の新システムはコメ先物上場を見据えて開発が急ピッチで勧められた経緯もあり、ライセンス契約を結んでいた他取引所との事前の打ち合わせでは、時間的な余裕がなかったと推測できる。
このため、藪から棒のような印象を中部取に与えたことは確かだろう。それに新システムが当初コメのザラバシステムとして開発され、06年のコメ不認可に伴い既存商品のザラバ移行案が顕在化してきた。これについては会員業者の反対意見も多く、中部取との協議過程でザラバへの全面移行か板寄せを並存させるのかは明らかにしなかった。もし並存した場合はそれこそコスト的に相当割高な状態となったことは間違いない。また、ザラバへの全面移行措置をとった場合、中部取が東穀取システムを共同利用した際、板寄せの安全性などの部分で裏付けが取れていなかった。
東穀取は立場上、安全・安定稼動を保証したに違いないが、それでも中部取からすれば万一の事態において「切り捨てされる可能性」を捨てきれず、この点を中部取サイドが大いに懸念したであろうことは察するにあまりある。こうした背景が自前のシステム構築に駆り立てたという見方で、それほど本質を外してはいないだろう。
システムの専門家及び外部コンサルの重要性
06年の秋、東京証券取引所が次世代システムの計画案をまとめている。
その骨子は、①1日当りの注文件数は現行システムの上限1,200万件を当初3,000万件とし、その後注文状況によって順次引き上げて最終的に数億件とする、②注文の受付時間は現行の1秒程度から世界最高レベルである0.01秒以下と大幅なスピードアップを図る、③システム増強に要する時間は現行では半年程度の時間を要するが、これを1週間以内でできるようにする、などとなっていた。
上記の世界最高水準のシステム構築に当たり、東証では情報最高責任者(CIO=チーフ・インフォメーション・オフィサー)としてNTTデータから1人専門家を迎え、さらにアドバイザーとして米アクセンチュア・グループとコンサルティング契約を結んだ。同社はロンドン証券取引所のシステム設計を行うなど金融システムでは高い実績を有していた。こうした世界的にトップクラスの専門家集団による先見性でのシステム構築を目指すという方針をとっていた。
CIOの選任、外部アドバイザーの設置は金融システムの構築に当り常識的な取り組みとされている。だが、当時から商品先物業界はこうした点において認識が高いとはいえなかった。その際、証券とシステムの規模が違うというのは理由にならない。
ここまで東穀取と中部取のシステム共有化問題を取り上げてきたが、 現在、取引システムは金融の要といってもよく、それゆえに経費は上昇の一途を辿っている。
業者選定を含め、失敗したら取引所の経営に重大な影響を及ぼすまでに影響力は大きくなっている。取引所、業者ともにシステム部門には高い見識を持ち合わせた専門家同士の意思疎通が、国際間競争を勝ち抜く上で欠かせない要素になっていると言えるだろう。(完)
(Futures Tribune 2023年10月10日発行・第3244号掲載)
出典:「東京穀物商品取引所50年史」,2003年3月
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