商先市場縮小の中で高まった取引システム共有化議論【3】

2023-10-17
かつての東穀取立会場

かつての東穀取立会場

取引業者の間で新たなコスト増に懸念の声が

 東京穀物商品取引所と中部商品取引所間で2006年(平成18)に生じた新取引システム問題は、急に浮上したものではなかった。東穀取の場合、新規に導入するザラバシステムはコメ上場に伴うもので、既存商品の新システム移行は別として、多くの取引業者に周知されていた。
 中部取もシステム更改は経営計画に盛り込まれた既定路線であったが、東穀取の計画と時を同じくして、それが出来高低迷の時期と重なり、さらに東穀取とは異なる独自の新システム計画であった。
 東穀取の場合、コメ用のザラバシステムは開発済みで費用も支払い済みであったのに対し、中部取は契約前の段階だった。つまり、新たな費用の発生を意味していたのである。この点が取引業者に対し不信感を与えたことは間違いなかった。
 「出来高現象に歯止めがかからないときに、なぜ新たなコスト増となる計画を進める必要があるのか」、「取引業者の経営状況を勘案すれば、計画を先延ばしすべきではないか」、「現システムでの更新がどうしても必要であるのなら、東穀取システムの割安なライセンスを選択すべきであろう」等々の異論反論が出てきたのは当然のことといえた。
 これについて中部取は、ハード面、ソフト面に分けて以下のように回答している。
 「まずハード面は設置後5年が経過し、メンテナンス業界の経験則からいって明らかに警戒水域にある。
 現在のところ優秀なスタッフによって障害を発生させていないが、それにも自ずと限界がある。
 次にソフト面では当所はWindowsNTをベースにしており、このNTは04年末にマイクロソフトが公式サポートを終了させた。つまり、当所システムの更改時期(06年11月)を待たずにセキュリティパッチ等のサポートが打ち切られ、それに伴ってNTサーバ等の販売、保守も終了してすでに一部に影響も出始めている。
 単にハードだけを入れ替えればいいというものではない。継続使用が困難な状況にあるのは当所だけではなく、WindowsNTユーザー全般に言えることだ。このことでもわかるように公的使命を有する取引所としては、システムの早期更新が急務であると考えている」


システムの老朽化と新システム導入の必然性

 ハードが陳腐化し限界に来ており、ソフトもWindowsNTのサポートが打ち切られ、更新の必要性があるという中部取の見解は、一般的にある程度は理解できるだろう。だが、当時話を聞いたシステム専門家の中には「ハードは比較的安いので、コストのかかるソフトをWindows2000または2300にバージョンアップすれば当面は対応できるはずだ。業界を取り巻く環境が先行き不透明な時期に敢えて新しくシステムの構築を図る必要があるのだろうか」などと指摘していた。
 通常のパッケージソフトは販売元がバージョンアップの際のサポートを行い、新しいOSに適応できるようなサービス体制を取っている。東穀取の対応はまさにこれだった。では、中部取でこうした対応を取らなかったのは何故か、理由を次のように回答している。
 「技術が日進月歩で進化しており、コンピュータマシンを新しくするとOSの性能も引き上げる必要が出てくる。手直し程度では不具合が出る可能性がある。NTを2000か2300にすればいいという意見があるが、その程度の修正では正常に稼働するとの保証は得られない。
 またシステムが動いたとしても機器の進歩ですぐにOSの更新が必要となり、つまり二重手間となる。仮に2000を導入するとなると、05年6月にOSプロバイダー側から公式サポートを打ち切られたOS製品を購入せざるを得なくなり、万一トラブルが発生した場合、誰が責任を取るのか。NTから2000あるいは2300へのバージョンアップ議論にはこうした点が欠けている」。

〈※上記の見解に対し、実際05年6月にサポートが終了したのは高額な費用を払ってマイクロソフトと直接契約をする「メインストリーム・サポート」であり、翌7月からは「延長サポート」フェーズが開始されていた。同フェーズでは不具合等についてサポートが行われており、10年6月30日まで続いた。〉

もちろんトラブル防止に努めることは当然といえるが、そのためにバージョンアップではなく新システムが必要だと決め付ける議論は整合性に欠けると指摘されても仕方のない部分はあるだろう。当時中部取のソフトウェアはWindows2000/2300がベースとなっていたが、すぐに陳腐化するという見解は、世の中にある大半のシステムが使い物にならなくなるということと同義である。
 またシステムの性能についても、ハード、ソフトがデータ量に見合わなくなりスローダウンする可能性がどの程度のものか、その対応としての修正ができない状況なのか、さらにはサポート体制が不十分なベンダーを採用していたのか、などの状況が取引所のシステムスタッフ以外にほとんどわからないのも大きな問題だったといえるだろう。


新システム構築の背景には板寄せ取引特有の事情が

 中部取が新システム導入に際し、現行のバージョンアップでなく新規構築を主張したのは、板寄せシステムの特性、勧誘規制の強化といった当時の業界環境に加え、負荷の面についての考慮も一因だ。当時の板寄せシステムは、場立ちフロアーにおける入出力の事務処理を支援するもので、ザラバ取引におけるマッチング・エンジンの機能はほとんどなかった。しかも時間の優先概念もなく、システムの規模、処理速度などの点で高機能が要求されるザラバシステムとは根本的に異なっていた。
 業界環境の点からみると、当時の商品先物業界は行為規制の強化などで否応なくビジネスモデルの変革が問われていた。システムに関していえば、国際化の進展に伴う独立系ソフトウェアベンダー(ISV)への接続の必要性、オンライン取引の拡大、取引業者サイドでの人件費削減などが喫緊の課題とされていた。特にISV接続は内外からの大口注文獲得に有力な手段であり、この観点からネット接続コストの削減が大きな課題であった。
 システム負荷については、インターネット接続、ISV接続は注文の入口となり、当時のような差引計算をベースとした入出力支援装置だけでは将来の負荷増への対処は難しくなる。さらに当時の中部取は大阪商品取引所との合併を控え、上場商品の増加によってシステムへの負荷と処理速度の問題は必然的な課題と言えた。

(Futures Tribune 2023年10月10日発行・第3244号掲載)
出典:「東京穀物商品取引所50年史」,2003年3月

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