総合取引所スタートから4年、その開設までを振り返る【下】
2024-09-11総合取引所の設立においては、東京商品取引所が日本取引所グループ(JPX)の傘下に入り、主力商品である貴金属やゴム、農産物が大阪取引所に移管された。JPX関係者からは「金と原油だけでいい」との本音が漏れ聞こえてきたが、そこは省庁間での調整で経産省からすれば原油を死守した構図となった。2018年11月の規制改革推進会議における答申で、上場商品の分断は予想されていたことではあったが、それは同時に商品先物業者にとって金融商品取引法と商品先物取引法という二重規制の問題に直面せざるを得ない非情な結果を招くこととなった。
専修大の池本正純名誉教授は「総合取引所化」の動きの核心は先物取引にあるとし、その嚆矢となった動きはシカゴ・マーカンタイル取引所(CME)が1972年に始めた通貨の先物取引だと指摘している(「商品先物業界激動の10年」市場経済研究所)。
通貨先物のきっかけとなったのは71年のブレトンウッズ体制崩壊によって生じた為替市場の大混乱で、CMEは新規事業部門として国際通貨市場(International Monetary Market=IMM)を立ち上げた。取り扱った商品は主要通貨の対ドル先物取引で、それまで農産物を主体とするローカル取引所でしかなかったCMEが、通貨という金融商品を上場したことは世間に驚きを与えた。
これは69年に若干37歳でCME会長に就任したレオ・メラメド氏(後にCMEグループ名誉会長)が中心となって進めた事業戦略で、総合取引所の源流はシカゴの商品先物業界で始まった多様な金融先物の導入と定義できる。この時、先物市場へ上場商品を多様化する過程において、先物取引が様々な価格変動リスクを処理する上で有効な制度であること、異なる種類の先物取引やデリバティブが相互に補完的な役割を果たすこと―といった利用価値が証明された。
一方、アメリカで金融先物が次々新規上場され発展を遂げた背景には、その規制体系も大いに影響を及ぼしたといえるだろう。アメリカでは74年に商品先物取引委員会(Commodity Futures Trading Commission=CFTC)が設立され、原資産によらず先物取引は(デリバティブ)の規制はすべてCFTCが統括的に行っている。ここが日本の商品先物規制と異なる部分で、日本では農産物が農水省、工業品が経産省、金融先物が金融庁と3省庁に縦割りされており、法体系も異なっていることで総合取引所創設において大きな足枷となった。
78年に155万枚だったCMEの通貨先物7種の年間合計出来高は年々上昇の一途をたどり、84年には1,378万枚と6年で約9倍に膨らんだ。
CMEの躍進を受け日本でも金融先物に焦点を当て、同年9月に全国商品取引員協会連合会(全協連)の諮問「金融先物取引と商品取引所の在り方」に応えるため金融先物取引検討特別委員会が設けられた。冒頭の池本教授も同委員会のメンバーに加わっている。
この当時、銀行業界および証券業界が先物取引に進出するには法的根拠に欠けると認識されていたが、証券業界は現行の証券取引法のまま債券の先物取引を行うことは可能だとする見解を打ち出していた。
こうした見解に対し同委員会は12月の中間答申で、今後の金融先物展開を見据えた場合において拙速に過ぎると牽制した。その上で金融先物に対する考えとして「関係業界(商品先物業界、金融界、証券業界など)が知識と経験を結集し、関係各所管省庁間の調整の下で一致団結してその実現を図る」ことが望ましいとし、「全関係業界を包含する形で先物市場に関わる制度を創設することが適当」と結論付けた。法体系については商品取引所法を土台とする全面改正または新法制定を理想とし、池本教授は「関連する業界をすべて包含する総合的な先物取引法を制定することが、各種指数やオプションを含めた金融先物市場の発展を促すとともに、商品先物市場とのシナジー効果を生み出すプラットフォームの構築につながるはずだった」と述懐している。
これは総合取引所の概念に繋がるもので、もし中間答申に基づいた法整備がなされていたら、総合取引所はもっと早く実現し日本の商品先物市場は落ち込みどころか現状とは真逆の結果となっていた可能性すらあると思われる。
実際この答申は無視された形となり、金融先物は新法制定どころか縦割り状態を保ったまま、証券業界は債券先物および株価指数を、銀行業界は89年に東京金融取引所を設立し通貨先物を導入した。
こうした流れの中で商品先物は完全に蚊帳の外に置かれ、この間の規制強化で商品先物市場は壊滅的なダメージを受けた。結果的に、ほぼ死に体となった商品先物業界を吸収する形で、日本の総合取引所は完成したのである。
(Futures Tribune 2024年8月6日発行・第3304号掲載)
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