
取引24時間週7日目指す、狙いは個人の投資資金
2026-08-25米国にみるプラットフォーム間の生存競争
米商品先物取引委員会(CFTC)が原油先物の「24時間・週7日」(以下、24/7)取引の是非を問う意見募集が、8月26日に締め切られる。4日後の30日、シカゴ・マーカンタイル取引所(CME)グループは規制当局の承認を前提に、10バレル建てWTI原油先物で週末を含む終日取引を始める計画だ。ただし現時点で承認は確定していない。取引時間の拡大を急ぐ世界最大のデリバティブ取引所と、審査の手順を譲らない規制当局という構図だ。裏を返せば取引所側に余裕の無さが表れているが、常時競争に晒され、新たなプラットフォーム出現に神経を尖らせる現状への疲労感も垣間見える。
米国|CMEグループ(COMEX・NYMEX)
| 商品系列 | 商品名と取引単位 | 備考 |
|---|---|---|
金 | 金先物(GC)100トロイオンス/E-mini金(QO)50オンス/マイクロ金(MGC)10オンス/1オンス金先物 1オンス | 4段階。1オンス金(現金決済型)は2025年上場、2026年7月24日から24/7取引に移行 |
銀 | 銀先物(SI)5,000トロイオンス/E-mini銀(QI)2,500オンス/マイクロ銀(SIL)1,000オンス/100オンス銀先物 100オンス | 4段階。100オンス銀(現金決済型)は2026年2月9日上場、9月11日から24/7取引へ移行予定(審査中) |
銅 | 銅先物(HG)25,000ポンド/E-mini銅(QC)12,500ポンド/マイクロ銅(MHG)2,500ポンド | |
個人の投資資金、プラットフォーム間で血肉の奪い合い
まずは経緯を整理する。CMEは6月11日、既存のマイクロWTIの10分の1サイズとなる10バレル建てWTI原油先物と、1オンス金先物の24/7取引を「規制上の審査を経ること」を条件に発表した。暗号資産先物・オプションは5月29日に、1オンス金先物は7月24日に、それぞれ終日取引へ移行済みだ。1オンス金の最初の週末には約1万5,000枚、想定元本約6,000万ドルが成立したとCMEは発表している。残る原油が、8月30日の開始目標のまま宙に浮いている。
これに対しCFTCは6月下旬、原油を含む標準先物の24/7化と、貯蔵可能なエネルギー商品を参照する無期限(パーペチュアル)型契約について意見募集を開始した。ところがCMEは意見募集の係属中である7月8日、傘下のニューヨーク・マーカンタイル取引所(NYMEX)を通じて10バレルWTIの24/7契約を自己認証で届け出た。CFTCは翌9日、規則に基づきこれを差し止め、自己認証が法令に適合するかを審査する手続きに入った。セリグ委員長は「委員会が重要論点を精査している最中にこれを無視した判断は、まったく不適切だ」と異例の強い調子で批判している。同委員会は7月下旬、意見募集期限を当初の7月27日から8月26日へ30日間延長し、週末取引が週明けの指標価格形成を歪めないか、新たな設問を追加した。 CME側は自己認証と並行して通常の承認申請も提出しており、上場を断念してはいない。ただし意見募集の締め切りと個別商品の承認は別の手続きであり、締め切りの4日後に自動的に取引が始まるわけではない。
背景にあるのは、予測市場や暗号資産取引所といったデジタルネイティブな個人向けプラットフォームの急伸だ。CFTCが5月29日、予測市場を運営するCFTC登録取引所カルシのビットコイン無期限先物を承認すると、同社の発表によれば、同商品は最初の1週間で10億ドル、2週間で累計55億ドルの取引高に達した。暗号資産系の基盤上では「オンチェーン原油」、「オンチェーン金」と称する無期限型契約まで登場している。満期がなく、土日も動くこれらの市場に個人の資金が流れる以上、既存取引所が座視できないのは当然で、CMEの24/7化はその防衛戦にほかならない。
株高の中で売られる米取引所株、大幅下げに頭を抱える
米国の株式市場は、この競争を株価に映し始めている。米国株が活況を続ける中で、取引所運営会社の株が売られる場面が目立っている。カルシ承認直後の6月2日には、Cboeグローバル・マーケッツが1日で8%超下落し、CMEも2日間で8%超安と2020年以来の下げ幅を記録し、ナスダック、ICEも値を下げた(米CNBC報道)。 CME株は3月に付けた上場来高値329ドル台から6月には218ドル台の52週安値まで約3分の1を失い、8月中旬時点では260ドル台まで戻したものの、なお高値を大きく下回る。予想利益に対する株価倍率は7月初めに18倍前後と、10年ぶりの水準まで低下したとの指摘もあった。無期限先物への競争懸念が、売り材料のひとつになっているのは間違いない。
取引所が恐れているのは目先の減収ではなく、規制の名の下に大手デリバティブ取引所を守ってきた参入障壁に穴が開くことだ。無期限型が暗号資産の外へ、株価指数や個別株へと広がれば、取引所の高収益商品と正面から競合する。現にCMEは、カルシやコインベースが提供する暗号資産の無期限契約はスワップとしてより厳格な規制に服すべきだとしてCFTCを提訴する一方、自らは小口契約の24/7化を急ぐという、防御と攻勢の背反的な作戦を強いられている。例え訴訟に勝っても、相手を駆逐するまで市場を開け続けなければ意味がない。先に始めた者が流動性を握る、今市場間競争は法廷ではなく時間との勝負である。
この光景を、日本の商品先物市場の関係者は既視感とともに眺めることになる。海外取引所の実務に長く携わった金融業界の識者は、こう指摘する。国内の商品先物や外国為替証拠金取引の公設市場が伸び悩んだ一因は、個人の取引が店頭CFDなどの相対プラットフォームへ移り、法人・プロの取引が海外取引所へ移ったことにある。
日本国内で金の取引が消えたのではない。個人はCFDで、法人はCMEで、取引そのものはむしろ広がっている。失われたのは国内上場市場の相対的な価格形成力と顧客基盤である。無論、国内の金先物市場が消滅したわけではなく、本年4月には個人向けの小口商品「ポケット金100」も大阪取引所に上場した。それでも、取引の重心が店頭と海外に分散していく大きな流れは変わっていない。個人向けプラットフォームに侵食されて既存取引所が防戦に回る現在の米国は、日本の経験をはるかに大きな規模で追体験しているにすぎない。
CMEは2000年代当時、日本の個人投資家市場の厚みをデータとして集め続けたが、公設取引所の出来高統計に表れないこうした数値は、米国のアナリストにおいても注目度は低かったようだ。板の外で育つ流動性は、統計に映らないまま公設市場を静かに侵食する。その不可視性こそが厄介なのであり、国内の市場関係者や投資家も、この構造変化への危機感をいまだ十分に共有していないのではないかと思われる。
もっとも、取引所株の下げは世界一律の現象ではない。欧州ではLSEG株が軟調に推移するが、その主因はAIによるデータ事業への圧迫懸念とされ、米国の無期限先物問題とは背景が異なる。ドイツ取引所株に至っては8月中旬時点で52週高値圏にあり、むしろ堅調だ。日本取引所グループ(JPX)株も、過去最高益を背景に年初来高値圏で推移している。
だが内外取引所に精通した関係者によると、JPX株が崩れないのは競争の影響を免れている証明ではなく、「投資家がそもそも同社株に競争というリスクを大きく織り込んでいないことの表れだ」と指摘する。
勝負は12月、争奪戦は日本の昼に来る
米国では12月6日を目標に、ナスダックやNYSE傘下の電子取引所NYSE Arca、Cboe EDGXが、毎日1時間程度の休止を挟む約23時間・週5日の取引時間拡大に踏み切る予定で、株価情報の集約・配信や清算などの市場インフラも週5日・終日体制への移行を進めている。
ロンドン証券取引所も、本体市場とは別に新会場「LSE 24」を設け、まずETF等を対象に2027年前半の開始を目指すと7月に発表した。国内の証券会社も動きは速く、マネックス証券や松井証券は、制度開始初日の12月6日(日本時間12月7日午前11時)から米国株23時間取引に対応すると発表済みだ。新設される米国の夜間セッションは、日本時間ではおおむね日中に当たる。東京の立会時間の真裏ではなく、真上に米国市場が開き、日本の個人は国内証券会社の口座から、日本株と同じ時間帯に米国株を売買できるようになるのである。JPXのデリバティブ市場はすでに夜間立会を含め長時間取引に対応しているものの、東証の現物株市場の対応は立会時間の30分延長にとどまる。時間の壁が崩れたとき、家計の資金がどちらの板に向かうか。答えの一端は、商品先物市場がすでに示している。
参考PDF:世界の主要商品取引所における標準・小口商品の主な併存例
(Futures Tribune 2026年8月18日発行・第3450号掲載)
リンク
©2022 Keizai Express Corp.