平時の輸出米が無償の食料備蓄に~山下一仁氏が講演【下】

2024-11-07
キヤノングローバル戦略研究所の山下一仁研究主幹

キヤノングローバル戦略研究所 山下一仁研究主幹

国産米増産による輸出増が最大の食糧安全保障策

 WTO農業協定第12条は食料輸出の禁止あるいは制限に関する条項で、私もガットウルグアイラウンドの交渉者の1人として提案しました。ウルグアイラウンドは1993年12月15日で終了でしたが、私は直前の10月にアメリカに行きその後ギリギリで提案したのです。
 理由はコメの関税化の特例措置だけでは日本は食料安全保障をウルグアイラウンド交渉で達成したとはいえないだろうと、後に首相になる大物政治家がいったわけです。それで仕方ないので、第12条の基になるものを提案したのです。その時、もしアメリカが反対したらいかなる提案も実現できなかったのですが、12条はアメリカを含め輸出国に規制を与える内容ですから内心ビクビクしながら提案していました。実際私のカウンターパートが何といったか。「No problem」、問題ない、自由貿易こそが最高の食料安全保障だ、アメリカは絶対輸出制限などしないといいました。しないというよりできないのです。
 しかし、穀物の中でコメだけは例外なのです。現在コメはインドが最大の輸出国ですが生産額の10%ほどしか輸出していません。タイもベトナムも同様です。生産量のごく一部しか輸出に回していないんですね。したがってちょっとした不作でも輸出に与える影響は大きく、途上国では価格が高騰すると民間人がコメを買えなくなります。だから「輸入加盟国の食糧安全保障に及ぼす影響に充分な考慮を払う」という12条の規定があり、これがコメと小麦の大きな違いです。
 世界のコメ生産量は1961年比で3.5倍に増えていますが、日本は4割減っています。中国は爆食だと批判されていますが、コメは4倍、トウモロコシは14倍に増えています。一方の日本は補助金まで出してコメを減産しているわけです。こんなことを50年もやっています。
 減反を始めた当初は年間1,300万㌧ほどの生産消費があったと思いますが最初の減反は150万㌧でした。今は4割減ですが、これが実態です。
 コメ消費の減少に関してはよく食の洋風化がいわれます。それではラーメンやうどんの消費が増えたのも洋風化なのかということです。またコメ消費が減少したのは確かですが、その次の言葉がいわれないわけです。「コメの生産を補助金を出して減少させた」という事実をいっていないわけです。
 国内のコメ消費が減ったとしてもどんどん生産して輸出すれば自給率は上がるのです。例えばEUも生産過多で過剰になったことはありますが、この時は補助金を付けて輸出しました。このためEUの自給率は100%を超えるわけです。自給率は生産を消費で割った数値ですから、消費以上に生産して輸出していれば数値上は100%を超えます。
 日本の終戦直後の自給率は、輸入がありませんから100%だったのです。飢餓状態にあっても自給率は100%なのです。今は38%ですが、果たして終戦直後の100%の方がいい状態ですかということです。自給率だけ見ていると実態を反映させない問題が起こります。
 日本では2000年度の基本計画で自給率を40%から45%へ向上させると閣議決定しましたが、一向に上がらずこれを放置し逆に38%に減少しています。しかしこれに対して責任を取った人間は誰もいません。農水省の本音は食料自給率が上がると困るんです。自給率が上がるともう農業予算はいらないんじゃないかといわれるので、今の38%~40%という数値は農水省にとって心地いい状態なのです。情けない話です。上げるどころか減反という食料自給率を下げる政策を実施し、600万㌧のコメを減反して800万㌧の麦を輸入しているわけです。
 実は戦前も農林省は減反政策を提案したことがあります。朝鮮米と台湾米がかなり日本に入って来て、供給過剰で米価が下がったことがありました。これが減反を提案した理由ですが、当時の農林省は超一流の官庁だったわけです。農商務省という役所がありましたが、これは今の農水省と経産省が一緒になった役所なのですが、農林省のグループは商工省を切り離したくて仕方なかったのです。一方の商工省は農林省とくっついていないと予算が足りないため必死でしがみついていたわけですね。つまり当時は人材の面でも農林省が格上だったのです。
 しかし当時の超一流官庁だった農林省の減反提案をつぶしたのが、実は陸軍省でした。これから戦争だというときに主食であるコメを減産するとは何事だというわけです。もし戦後陸軍省が何らかの形で残っていたら、農水省が1970年に行った減反提案はつぶしてくれたはずなんです。
 水田を水田として利用するからこそ、水資源の涵養や洪水防止の多目的機能を発揮し食料安全保障に必要な水田を確保できるというものです。これは農政の目的にかなっているわけです。農家所得の向上については、すでに農家が豊かになったので掲げられなくなってしまいました。言った途端にウソになってしまいます。代議士や農水省は口頭では言いますが法律には書けないわけです。
 水田の多面的機能と食料安全保障は看板として輝いています。だが実際は水田をつぶすことに一生懸命補助金まで出しているわけです。情けないことにこんな状況が50年続いてきました。
 今回の米騒動でもわかるように、減反は政府が財政負担をしてコメの生産量を減らして米価を高める施策です。医療や薬は政府が財政負担をしたら国民は安い値段で財やサービスの供給を受けるわけですね。
 減反をやめると3,500億円、国民の納税負担が減ってなおかつコメの生産量は増えます。米価も下がります。また水田完全米作を前提に単収をカリフォルニア米並みに増加させると、1,700万㌧米が作れます。国内で700万㌧消費して1,000万㌧輸出していれば、有事の際も国民1億2,500万人にコメの配給ができるわけです。平時の輸出は無償の食料備蓄なのです。

(以下略、完)

(Futures Tribune 2024年10月29日発行・第3321号掲載)

⇐【BACK】コメ先物は構造改革に効果あり~山下一仁氏が講演【上】

⇐【BACK】国民の不足農地600万ヘクタール、九州プラス四国以上~山下一仁氏が講演【中】

先物業界関連ニュースに戻る