「やはりコメには先物市場が必要だ」渡辺好明・元農水事務次官【上】

2023-12-13
新潟食料農業大学 渡辺好明学長

新潟食料農業大学 渡辺好明学長

 農政調査委員会が11月27日に開催した第7回農産物市場問題研究会で、立正大経済学部の林康史教授が会全体を総括した(第3255・3256号既報)が、それに先立ち新潟食料農業大学の渡辺好明学長(写真)がコメ先物の必要性を訴えた。渡辺氏は農水省で事務次官を務めた後、東京穀物商品取引所の理事長、社長に就き、2011年8月のコメ先物試験上場時には「公正な価格の指標を提示することと保険つなぎの場を設けるという点で大変貴重な役割を果たせる」と先物取引の可能性・重要性を強調していた。今回の講演もコメ先物の成り立ちに始まり、日本に根強く残る先物取引に対する誤解を正し、「やはりコメには先物市場が必要だ」と結論付けた。本号では渡辺氏が講演の土台としてまとめた論点メモ「コメの先物取引―常識と非常識」を掲載し、先物取引の有用性を改めて共有したい。


 「商品先物取引」(futures)は、1730年に堂島米会所がコメの先物取引に幕府の公許を得たことをもって世界の嚆矢とする。1848年のCBOT(シカゴ商品取引所)に先立つこと118年前である。いま先物取引は、世界中で隆盛を誇っているが、発祥の地である日本では、「経済インフラ」と言われながらも、とくに農産物についての取引は散々の状態にある。
(CBOTなどでは、尊敬の意味を込めて、世界最初の先物取引所をOsaka Rice ExchangeとかDojimaと呼んでいる)
 さて、コメは、一年一作で通年消費、豊凶変動、産地と消費地の輸送・保管といった事情から、自然体では「出来秋の暴落、端境期の暴騰」のリスクから免れられない。加えて、徳川時代には、通貨の機能・価値基準でもあって、コメの価格が下がれば武士階級の生活に影響し、価格が上がれば庶民の生活に支障が生じる。このため、コメの需給・価格を安定させることは、治世者・徳川吉宗の最大関心事でもあった。
(江戸時代は、金、銀、銭と通貨が存在はしてはいたが、並行して「東日本では絹と布」、「西日本では米」が、貨幣と同じ、価値基準、交換手段、給与の役割を果たしていた)(網野善彦・農政と民俗)
(レーニンは、「穀物は通貨の中の通貨である」と言った)(先物王国シカゴ)
 「八木(はちぼく=米)将軍」とまで言われた吉宗は、新規開田、生産性向上、豊作で価格下落が続き武士の生活に支障が出ていたコメについて、それまでは非公式・闇で行われていた「帳合米取引」を通じて、買い気配の増加、囲い米を奨励し、これを通じて先の収穫まで間の価格を提示ができるとされた仕組みに公式の許可を出すこととした。(政策の担当は大岡越前守忠相で、これによって武士たちからも投機が盛んになったが、「日計り資金歓迎」と規制はしなかった)
 とかく「投機での大きな損得」ばかりが喧伝され、また、「先物取引は価格の乱高下をもたらす」、「価格の低下を増幅・加速させる」といった明らかな誤解が出回り、思い込まれているが、これらは、過去の経験・事実からも、学術的にも、「そうではない、先物取引は、価格の平準化・安定と需給の調整、経営継続への保険機能を果たす仕組みである」ということを、この後、いくつかの主要項目について、順次、解説をしていきたい。
(注)現物取引・spot contract先渡し取引・forward contract

1.消費者にとって、先物取引は価格高騰と乱高下の元凶と受け取られており、先物がない方が価格安定の安心がある?

ここは、歴史的事実・経験と統計数字に語ってもらう。
①大正のコメ騒動(大正7年・1918年)のとき、現物の米価が高騰して、先物価格も上昇した。当時の仲小路農商務相は、「高騰の元凶は先物だから取引停止せよ」と命じた。先物サイド(相場師・増田貫一)は「高騰の原因は需給関係と超金融緩慢、相場師をたたいても価格は下がらず、力づくの米価抑制策は、端境期の品不足と価格大暴騰になる」と反論した。
 結果は、増田の言う通りで、価格は、需給事情、金融事情の反映である。
②次いで、戦前期におけるコメの需給と価格変動を見ると、
1)明治34~昭和14年の34年間の変動係数は、正米11.2 期米8.9
2)期米(先物)価格は値幅変動が小さく、正米価格の「上下変動を是正するように動く」、つまり、平準化機能が働くのである。(八木宏典・東大教授)

2.先物には投機性があり、投機的な相場形成は好ましくないという声が強い? 「強い」は、「多い」とは違うのではないか?

①多くの投機家(スペキュレーター)が参加してリスクを引き受けてくれるから、それにより「保険機能」(ヘッジ)が果たされる。投機家は、別名を「リスクテイカー」と呼ぶ。
②また、現物を持つ生産者等はヘッジが目的で、投機の必要は全くない。
(注)生産者は「売りヘッジ」、流通業者は「買いヘッジ」によって、将来の経営が安定する。そして、先物取引では、常に価格の平準化が起こり、投機家は、市場離脱機会をねらっている。「相場の格言」には、“まだはもうなり、もうはまだなり”“半値八掛け二割引”“見切り千両”などがある。

3.コメは主食であり、投機の対象とすべきではない?

 主食だからこそ「中長期的視点からの需給・価格の安定」が必要ではないか。
①将来を見通した公正・公開な価格指標を示すことで生産・経営が安定し、国民生活に安定につながる。
②また、先物取引の「価格発見機能」を通じ的確な需給調整を図れば、過剰生産による価格の低下も防止でき、土地、資本、労働力など地域資源の有効利用ができる。
(かつて農業団体が、なんら理論的な立証もなく、「コメの先物取引への試験上場認可は<コメの生産調整にとって明らかに支障をきたす>」として反対したことがあったが、「先物は経済インフラ」という先進国での常識に外れる。
(注1)コメ主食論についてだが、総務省家計調査(2人以上世帯の例)では、2014年以降コメの家庭購入金額はパンに逆転され、2022年では、コメ19,825円に対し、パン32,497円となっている。
(注2)「コメは価格のいかんにかかわらず購入量が変わらない」という見方が残るが、「石破農政改革プラン」に提出された資料(2002年)では、「コメの価格弾性値」は‐0.3349で、価格により消費量は変動する。

(Futures Tribune 2023年12月8日発行・第3257号掲載)

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