コメ先物が日本に必要な理由
農産物市場問題研が報告・上

2023-12-01
立正大 林康史・経済学部教授

立正大 林康史・経済学部教授

 農政調査委員会は11月27日、第7回農産物市場問題研究会を開催し農水事務次官や東京穀物商品取引所の社長などを歴任した渡辺好明・新潟食料農業大学長がコメ先物の必要性を解説し、立正大の林康史・経済学部教授(写真)が「コメ先物市場を考える~何を見据えて、どこに向かうべきなのか」と題した報告で研究会を総括した。両氏ともに現在の日本におけるリスク教育の欠如を憂いており、「リスクに対し何もしないことが最大のリスク」と現代農業の問題点を強調した。本号と次号で林氏の取りまとめを掲載し、渡辺氏の講演は後日掲載する。


 2020年1月、国内で初めて新型コロナウイルス(COVID19)の感染が確認され、2022年2月には、ロシアによるウクライナ侵略(侵攻)が開始された。その後のエネルギー、穀物価格の変動はほぼ予想されたものだったが、日本のコメの価格は蚊帳の外だった。これは、コメが国際的な商品でないことを意味するとも考えられるが、中国/大連のジャポニカ先物は変動していたから、「日本」のコメは国際的な穀物ではないということを意味していたわけで、私には、少なからず忸怩たる思いがあった。
 私は、日本の農業・経済のために農産物市場の機能強化を図らねばならないと考えて、東京穀物商品取引所の社外取締役にもなっていた。2011年8月、1939年以来廃止されていたコメ先物取引が試験的に再開された。しかし、東京穀物商品取引所は解散し、2021年には上場廃止が決まった。
 詳細は省略するが、21世紀に入って、世界的な商品市況は長期的な人口増とともに活況を呈するようになっていた。2005年頃から、ジム・ロジャーズらヘッジファンド の資金が流入していたこともある。リーマンショック時には、世界的金融危機の影響で価格は大きく下落したが、基本的には、金融危機対策としての先進各国の金融緩和による投機資金の流入し、価格も取引高も上昇した。しかし、商品価格上昇の背景については十分に理解されているとは言いがたく、「投機資金が流れ込まないようなルールづくりが必要」との論調もいまだに根強い。
 後述するように、現物市場・先渡し市場・先物市場が機能を全うすることで、トータルの市場は社会的な意義を果たすことができる。
 また、中国は、私たちの予想を超えたスピードで、市場を整備し、共産主義国家としての国庫負担を解消すべく模索している。すでに、中国のシステムは、わが国はもとより、米国をも凌駕している可能性もある。
 一方で、日本ではシステムとしての市場のあり方が問われている。国民のコメ離れが進み、コメの消費量の減少は歯止めがかかる気配はない。私たちは、どこに行こうとしているのだろうか。

【農産物の長期的需給】

商品価格の動向は短期的な変動は別にして、長期にわたる需要と供給のアンバランスが背景にあることを認識しておかなければならない。
 主因は新興国需要の増大であり、その根底には世界的な人口増がある。世界人口は1950年には、25億だったが、2000年には2.4倍の約61億人、2022年11月には世界人口が80億人を突破した。ペースは鈍化しているとはいえ、2030年には85億を超えるという。ただし、それは世界規模の話であって、わが国では、人口の問題ばかりか、食品への嗜好の変化もあり、今後、ますます別物として動く可能性は高い。
 需要サイドの変化は、単純な消費量増大といった量的なものばかりではない。質的な変化も見逃せない。新興国が豊かになり牛肉を食べるようになれば、牛肉1㌔を生産するために、トウモロコシ11㌔が必要となる。バイオ技術の進歩により、ガソリンの代替燃料となるバイオエタノールの生産のために、食料の用途以外の目的で穀物が消費されるようにもなった。こうした需要サイドの質的変化は今後も続くと思われる。
 私見では、長期的に影響を及ぼす変動要因と比べれば、天候不順や政情不安は本質的には需給バランスを構造的に変えるものではない。
 さらに、世界的な金融政策も見ておかねばならない。商品市場は20年ほど前から分散投資の効果がある資産運用先として注目されるようになり、金融緩和でだぶついた資金が流入した。加えて、金融緩和は本来的な貨幣価値の下落を意味するから、〔つまり2つのルートで〕商品の名目価格の上昇を招く。

【投機筋に関する誤解】

 投機に関する誤解はなお多く、私などモノいうことにすら疲れたという雰囲気もあるが、日本の食、農業の将来を考えると、発言を止めることはできない。
 そもそも投機と投資を物理的に分けられないという技術的な問題だけでなく、投機資金の役割そのものが市場にとって重要であることを確認しておきたい。
 投機資金の役割については、否定的にとらえるケインズの「美人投票のアナロジー」と、積極的な意義を認めるフリードマンの「愚かな投機家」という考え方がある。ただ、実際には、どちらが正しい というよりも、2つの理論は素朴すぎると評価されている。少なくとも実務家は「投機資金の過剰な流入による悪影響より、流入の乏しさに起因する流動性不足の方が市場に深刻な問題をもたらす」という認識を共有している。
 ここで「実需の裏付けのある者のみが先物取引をできる制度にすればよい」という一見もっともらしい提案を考えてみよう(先ほど述べたように、そもそも技術的には無理なのであるが)。実需家は基本的にニーズが同じだから同じ行動に出る傾向がある。例えば、ある農家が売りたいときに、その隣の農家も売りたいだろう。そのとき、メーカーは材料調達に動くだろうか。逆も同じである。その結果、市場には売りまたは買いの一方に偏った注文が溢れ、投機家がいなければ相場は暴落または暴騰し、取引はほとんど成立しない。これでは市場として機能しないことは明らかである。
 投機家は実需家と異なり各人がさまざまな思惑を抱いているため、多くの投機家が取引に参加していれば、売り買い両方の注文が出るから、市場の流動性が担保される。
 適切な規制は論理的にも技術的にも難しい問題である。適切でない規制が実施されれば、市場の取引は減少し、市場は機能不全に陥る。「先物取引は必要」というなら「投機資金も必要」なのである。
 現状の現物の取引量を考えれば、投機筋は悪さができるものではなく、また、できたとしても、ファンダメンタルズはスペキュレーションに勝るし、投機筋はそれを十分に理解している。

【実需筋に関する誤解】

 投機に関する誤解と同様、実需に関する誤解もある。私は、上場時に関係していたわけではないが、コーヒーの上場時、コーヒーのメーカーが参加しなかったと聞いたことがある。
 例えば、あるシリアルのメーカーが、トウモロコシが値上がりしそうだと考えつつ、その一部を先物で購入しなかったとしよう。翌年、トウモロコシが値上がりしたなら、その企業の選択肢は、我慢(減益)か製品の値上げしかない。競合メーカーが先物で材料を調達していて、減益予測、製品の値上げのいずれもないということであれば、どうなるだろう。そのメーカーは窮地に立たされる。株価は下がり、最悪は経営陣は株主代表訴訟に追い込まれる。米国ではそうなる。
 日本ではどうか。例えば、マヨネーズのメーカーは、いっせいに製品の価格をあげる(または、内容量の減少)。日本の企業は、どういう理由かは私にはわからないが、ほぼすべてのメーカーが先物市場でヘッジしていないから(または、ヘッジしていないことにして)、いっせいに値上げする。「赤信号、みんなで渡れば怖くない」のだ。私たち消費者・投資者は、もう少し賢くなって、そういう企業に怒るべきなのだろう。
 これは生産農家も同じことである。後継者不足を嘆く前に、収益力を高める方法を考えるべきだろう。今のたいていの農家が行っているのは、ビジネスではなく、ギャンブルである(企業も農家も、リスクヘッジをしないことこそがリスクだと知っておくべきである)。
 行政も、中国の例を持ち出すまでもなく、補助しかたの有効な方法を考えるべきだろう(ついでながら、中国の民度は高くないから、日本とはシステムが違って当然とも考える)。

(Futures Tribune 2023年11月28日発行・第3255号掲載)

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