先物市場がない方がコメの値段は大きく動く(上)
2024-05-22新潟食料農業大学 渡辺好明名誉学長
新潟食料農業大学の渡辺好明名誉学長は4月25日、立正大学(東京都品川区)で学生に向け「コメの先物取引~常識と非常識~」 と題した講演を行った。同大経済学部の林康史教授が授業の一環で主催したもので、同大の学生約200人が聴講した。渡辺氏は農水省で事務次官を務めた後、東京穀物商品取引所の理事長、社長に就き、2011年8月のコメ先物試験上場時には「公正な価格の指標を提示することと保険つなぎの場を設けるという点で大変貴重な役割を果たせる」と先物取引の可能性・重要性を強調している。今回の講演は学生にも理解しやすいよう、物の値段形成の過程など具体例を提示しつつコメ先物の重要性を約1時間講演した。今回は渡辺氏の講演録を掲載する。なお講演後、筆者が林教授のゼミで約20人の学生にアンケートしたところ、国内で何が上場されているかも含め商品先物取引を知っている学生は皆無だった。
先物は保険、投資家参入は価格安定化のプラス要因
世間で言われていることが必ずしも常識とは限らない。世間で非常識と言われることをやった人が先見の明があるかもしれないということを頭に入れておいていただければ嬉しいと思う。
ここでは農水大臣が記者会見で発言したとか、自民党の説明会で役所側が説明したとか、JAがこういう理由で先物取引に反対しているとか、実際にあったことを取り上げてみます。
先物取引には勇気を持ってリスクを引き受ける人と、そういう人達のお金が入ることで自分たちのリスクが回避できたり、軽減できるという二種類の人がいる。前者のリスクを引き受ける人のことをスペキュレーターといい、こういう人が多く入れば入るほど通称、保険料が安くて済みます。
例を挙げると地震保険です。保険会社は受け取った保険料を全部運用して保険金を支払うわけではないんです。東日本大震災や1995年のコメの大凶作があったが、そういうことが起きてはいけないから、保険会社は大災害が起きて、保険金が支払えなくなって潰れるかもしれないので、保険料の25%ぐらいを海外のスペキュレーターに払って保険を掛けているんです。東日本大震災が起きた後、ロイズは保険料を25%ぐらい上げた。つまり、これから日本では災害が起こり得るので保険料を上げた。
日本の宇宙ロケットの打ち上げはこれまでほとんど成功してきたんです。そうすると失敗した場合に対する保険料はすごく安かったんです。ただ、この前、失敗したので保険料は上がったと思います。
一方で、世の中は不思議で、保険会社は保険金を払って大変だと思うかもしれないが、例えば大豆保険などでは、駄目になって濡れた大豆を引き取って乾かして使うということを行うが、そういうことをする人を「ダメージ屋」といいます。
ものを実際に持っている人は、バカ儲けしなくていいということで、将来の価格が分かれば、リスクは投機家が引き受けてくれるので、自分の経営が予見できるかどうかを考えて経営すればいいということです。そのためには将来価格が必要で、それを決めるのが先物市場ということです。
コメは主食なので、価格安定のために先物取引の対象にしてはいけないという人がいます。しかし、先物市場がないほうがコメの値段は大きく動くんです。例えば去年の米価は大雑把に言って、1俵1万5千円ぐらいだったんです。今はこの夏に向けて2万円しています。だから消費者は今は1ランク下、2ランク下のコメを買い、それから牛丼屋さんもトップのコメではない、セカンド、サードのコメがほしいので、早いうちにそういうコメを先物市場で買っておけば、決して商売で損はしないはずです。そしてコメが主食ということは今は概念としてはまったくおかしいです。昔は1人で1年に130キロぐらい食べていた。でも今は50キロ台です。小売価格で見ると、今はパンのほうがコメよりも購入金額が大きくなっている。しかし、パンだって安定した主食なんだから統制したほうがいいんだっていう人はいません。コメは一般商品化してきたということなんですね。だから、こういうふうになってきた時には、市場が決める値段で売買をやって、生産している農家がやっていけないということになったら、農家の経営に政府が助成すればいい。それが、日本だけ高い価格で流通させていると輸出もできない。あるいは安い輸入米にやられてしまうこともあります。
日本はコメは余っているんだから、困っている人たちにあげたり、輸出すればいいという質問がでますが、実は日本は毎年77万トンぐらい輸入しているんです。累積で言うと2千800万トンぐらいになりますかね。日本はコメを作れる能力があるのに、どうして輸入を続けるのか。輸入だけやめろというわけにはいかないから、輸入も輸出もするというようにならなければいけないんじゃないかと思います。
コメは価格弾性値が小さいから、値段が上がろうが下がろうが消費する量は同じであると言っている学者もいますが、コメの消費量はずっと下がっているじゃないですか。この関係を分析した学者がいて、0.349という数字が出た。これは価格を10%上げると消費が3%減るということです。コメの値段を国際価格なみにしておけば、消費は増えて海外にも出回ると考えればいい。そうすると世界にも貢献できる。世界には8億人も飢えている人がいるわけですから、物事はそういうふうに考えるべきではないか。ここでの結論はコメはもう主食ではない。それから先物取引があることで価格は安定するということです。
(Futures Tribune 2024年5月10日発行・第3286号掲載)
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