総合取引所創設から3年
商品先物市場の現状・上
幾度もの議論停滞経て2020年3月に基本合意
2023-07-28東京商品取引所(TOCOM)ビル
日本取引所グループ(JPX)が主導する形で国内初の総合取引所が誕生してから27日で3年が経過する。当初、総合取の発足で期待できる点として、①投資家の利便性向上、②市場の流動性向上―が挙げられていた。要は多様なポートフォリオを組むことが可能となり、清算機関の統合で信用力が強化されたことで、大阪取でデリバティブを取引している投資家がコモディティ市場へ参入するというのが理想とされる構図であった。だが実際は商品先物に関しては、この3年間で目立った増加は見られない。今回、改めて総合取発足までの道のりを振り返ってみたい。
総合取の概念が国内で初めて世に出たのは、第1次安倍晋三政権が2007年(平成19)に閣議決定した「経済財政改革の基本方針2007~『美しい国』へのシナリオ」に遡る。いわゆる「骨太の方針」で、「取引所において、株式、債券、金融先物、商品先物など総合的に幅広い品揃えを可能とするための具体策等を検討し結論を得る」と提案された。
だがその後、2009年8月に旧民主党へ政権交代し、総合取は翌10年6月、政府の「新成長戦略」で国家戦略プロジェクトとして「総合取引所構想」が正式に掲げられた。
ところが2011年3月に発生した東日本大震災への対応に追われ、総合取議論は停滞した。
議論が再燃したのは第2次安倍政権が発足した直後で、きっかけは2013年1月に東京証券取引所と大阪証券取引所が経営統合し、日本取引所グループ(JPX)が発足したことだった。
商品先物業界でも、同年2月は歴史に残る大規模な再編があった。東京工業品取引所が東京穀物商品取引所の農産物市場を引き継ぐ形で東京商品取引所となり、同時に関西商品取引所も東穀取のコメ先物市場を引き継いで大阪堂島商品取引所と商号を変え、現在の東西2取引所体制へと移行したのである。
一連の進展を踏まえ、関連法においても2009年、12年と金融商品取引法の改正が行われ、2014年施行の改正金商法に総合取実現を見込んだ規定が盛り込まれた。こうした法整備も総合取実現の機運を高めた。さらに同年6月に閣議決定した「『日本再興戦略』改訂2014」では、「総合取引所を可及的速やかに実現する」と踏み込んでおり、大きな前進を予感させたが、そこからまた停滞が始まる。
これが再び動き出すきっかけとなったのが、元金融庁長官の遠藤俊英氏であった。金融庁が新体制に移行し、遠藤氏が長官に就任して間もない2018年夏、霞ヶ関の金融庁舎をJPXの元最高経営責任者(CEO)清田瞭氏が訪れ、遠藤氏に「(総合取引所を)やりたいと思っている」と決意を示したことが引き金となった。
もともと遠藤氏は監督局や検査局といった金融機関と直接やり取りする部署が長かったが、検査局長に就任する前の2013年6月から1年間、総務企画局審議官を務めている。この時担当したのが総合取構想を含んだ骨太の方針で、「可及的速やかに実現する」はずの総合取がまったく進展しない状況に忸怩たる思いを抱いていた。
このため清田氏の決意に即座に応じ、誕生したばかりの企画市場局の市場課ラインを担当させ、経産省や証券業界など幅広い関係者と接触を重ね、清田氏を後押しする環境づくりに努めた。同時に「経産省にとってもメリットのあるやり方を」と命じ、現実的な落としどころを探り始めた。
この後さらに総合取実現に向けた追い風が吹いた。政府の規制改革推進会議が金融庁の強烈な援軍となったのである。議長の大田弘子政策研究大学院大学教授が総合取に強い関心を持っているらしいとの情報を得た企画市場局は、大田氏と旧知の間柄だった三井秀範局長が金融庁のスタンスを説明した。大田氏も経産省の態度を見極めた結果、2018年10月「規制改革推進会議第3期重点事項~来るべき新時代へ」の中で3番目の項目に「総合取引所の実現」を明記した。本文には「★」マークが付けられたが、これは緊急に取り組むべき事項を強調する印である。
翌11月には「総合取引所を実現するための提言」を出したが、これは規制改革推進会議が金融庁や経産省と事前協議した内容で、結果的に政府見解とも位置付けられた。ここでは総合取の利点を列挙し、取り組むべき課題を6項目挙げたが、4番目に「可能な限り早期の実現を目指す。そのための具体的な制度設計は今年度末を目途に結論を得る」と時期に対して杭を打った。5番目には「東商取とJPXの協議が順調に進展しない場合」について、金商法を改正する可能性まで掲げ、包囲網を狭めて交渉の加速を促した。
これら周囲の動きに連れて両取引所の関係づくりも進み、2019年9月下旬、JPX本社の清田CEOを東商取の濵田隆道社長(当時)が訪ね、取引システムから一緒に話し合っていくことで合意したとされている。こうした水面下での調整が2020年3月の総合取基本合意に繋がったとみていいだろう。
残念ながら商品先物市場については、現時点で総合取の恩恵を享受しているとはいえないが、縦割り行政の弊害を排除しただけでもその価値はあったと言えるだろう。
(以下、次号へ続く)
参考文献:上杉素直・玉木淳著「金融庁2.0」,日本経済新聞出版社,2019年
(Futures Tribune 2023年7月25日発行・第3229号掲載)
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