ありがとう、多々良義成さん~激動の思い出【1】
2023-07-10写真は株主総会前日の6月28日、本社役員室にて撮影
豊トラスティ証券の多々良義成取締役相談役が2023年6月29日、任期満了に伴い退任した。「商品先物業界のプリンス」と呼ばれ、若い頃から業界団体の要職を務め続けた義成氏も、いつの間にか87歳になっていた。金先物市場は義成氏がいなければ実現できていなかっただろう。経営者としても長年社長として豊商事(現・豊トラスティ証券)の先頭に立ち、同社を業界指折りの大手企業に成長させた。義成氏は1936年(昭和11)4月30日、島根県に生まれた。広島県立国泰寺高校を経て60年に東大経済学部を卒業し、住友海上火災保険に入社している。豊商事に入社したのは62年で、4年後の66年に専務、69年に社長となった。この時わずか33歳である。それから30年以上社長の激務をこなし、90年会長に就任したが、以降も業界団体の重要ポストは次々に回ってきた。60年以上商品先物業界に携わり、多大な功績を残してきた多々良義成氏に敬意を表し、本号から数度に分けて激動の思い出を振り返ってみたい。なお、義成氏本人はまだまだ元気で、最近は夫人とのバス旅を楽しんでいるという。
天の配剤、安倍晋太郎と多々良義成の出会い
安倍晋三元首相が凶弾に倒れてから間もなく1年が経過する。義成氏の枕元には、首相とゴルフをプレイした際の写真が飾られている。首相動静を振り返ると、プレイは2019年6月8日、ゴルフ場は神奈川県茅ケ崎市のスリーハンドレッドクラブとある。義成氏は就寝時、毎晩写真の晋三氏を眺めている。「もし生きていたら、もっとゴルフができただろう。酒も飲めただろう」と寂しそうに語る。
首相の父である安倍晋太郎氏(1924~1991)も元衆議院議員で、農林大臣、通商産業大臣、外務大臣、内閣官房長官といった要職を歴任した。言わずと知れた、金先物市場創設の立役者である。日本の金先物市場は、安倍晋太郎―多々良義成の密談から始まったともいえる。
1980年(昭和55)9月、商品先物業界大手の北辰グループを束ねる北内正男氏の令嬢の結婚式が都内のホテルで行われ、業界関係者が数多く集まった。晋太郎氏も出席していたが、これは自身の選挙区(山口県下関市)に関門商品取引所があり、もともと先物業界との関係が深かったためである。式場で晋太郎氏は義成氏に耳打ちした。「大勢の中では話ができない。2人だけで話がしたい」。その後2人は銀座の高級クラブで落ち合った。
晋太郎氏はいきなり本題を切り出した。「金の公設市場を作ろうと思う。君の意見を聞きたい」。この問い掛けに対し義成氏は前のめりになって金先物市場の必要性を訴え要市場論に熱弁をふるった。晋太郎氏はひとつひとつ頷いて聞いていたという。
この当時、義成氏は豊商事(現・豊トラスティ証券)の社長であり、44歳の若さで全協連の会長も務め、「商品先物業界のプリンス」として業界の顔役でもあった。だが一方の晋太郎氏は次期総裁候補といってもいいポジションにおり、一般的に考えれば2人の会談は力学的に釣り合いの取れない構図とみなされるだろう。
だが2人の繋がりはこの時点で非常に強固なものだったのである。出会いは義成氏が東大在学中の時代に遡る。豊商事は義成氏の叔父にあたる多々良松郎氏が創業した。松郎氏は関門取の重鎮で、会社ぐるみで晋太郎氏を応援しており、ある時選挙応援に呼ばれた。「日当も払う、ごちそうもするとの言葉につられた」とは本人の談だが、「生意気の盛りだった」と述懐するとおり、酒席で対面した晋太郎氏に絡み始めたのである。
両者の年齢差は12歳で、誕生日は晋太郎氏が4月29日、義成氏が4月30日と1日違いである。今は「昭和の日」として祝日になっているが、1947年(昭和22)までは「天長節」(その後は天皇誕生日)として昭和天皇の誕生日を祝った日である。絡んだのは晋太郎氏の誕生日に対してで、「もう1日頑張れなかったの? 私は母親の腹の中で1日じっと耐えたんだ」と気安く話したが、晋太郎氏は「そんなこと言われても…」と生真面目な反応だったという。この時、晋三氏はわずか3歳だった。
以来、毎年4月29日に開かれる晋太郎氏の誕生会に呼ばれるようになったが、参加は2年に1回、つまり1年おきで、行かない年はゴルフに興じていた。
こうして付き合いを深めていった両者であるが、全協連事務局長として義成氏を支えた木原大輔氏も後年「男兄弟のいない晋太郎氏は、義成を弟のようにかわいがっていた」と証言している。
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用意周到に練られた奇襲策、金市場創設の爆弾発言
参考:(株)市場経済研究所著「(商品先物市場)フューチャーズ群雄の素顔」,(株)市場経済研究所,1998年
(Futures Tribune 2023年6月30日発行・第3224号掲載)
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