オプション取引に乗せた夢 ④~金先物オプションから20年

2024-06-06

 東京工業品取引所(現・東京商品取引所)が金先物オプションを上場し取引を開始したのが2004年5月17日で、20年が経過した。商品先物業界にとっては真打登場で、それまでに上場した農産物先物オプションが盛り上がりに欠けていたことから「金でダメなら他のどの銘柄をもってきてもダメだろう」、「日本の商品先物オプションは向こう数十年にわたりマイナー市場となるだろう」などといわれていたが、これらの指摘は的中した。初日こそ3,322枚の取引があったが、取引は日を追うごとに減っていった。金先物オプションは2016年9月に制度変更したが、取引は現在ゼロである。


欧米における先物オプションの位置付けは、原市場の先物市場と並ぶセット商品であるが、日本では当時から「オプション取引は日本の商品先物では定着しにくい」ととらえられていた。
 2004年当時、商品先物オプションは金に先駆けて東京穀物商品取引所が1991年6月の大豆、92年5月に粗糖、97年9月にトウモロコシの3商品を上場し、関西商品取引所(現・堂島取引所)も粗糖を上場していた。だがいずれのオプションも流動性に乏しく、その背景には低い流動性があると指摘されてきた。
 さらに日本の投資家がオプション取引に対する理解に乏しい現状もあった。東工取もこの点を重視し、啓蒙活動ではオプション取引の全容を一挙に提示するのではなく、段階的に学習してもらう方法を取っている。オプション習得コースを初級、中級、上級の三段階に分け、第一段階の初級コースでは参加者にオプション取引に親しみを持たせる点を最優先し、オプションは複雑で難しいというアレルギーの払拭を狙った。
 また外務員に対しては徹底した教育体制を講じた。オプションセミナーも単なる講習会とせず、検定試験を付随した。取引所独自の資格制度も導入を検討していたが、これは当時東穀取による天候関連の資格と関連することもあり、日本商品先物取引協会および日本商品先物振興協会へ移行することとなった。
 実際、同年3月から始まった講習会・検定試験は4月末の時点で全国7都市で講習会16回、検定試験は13回行われ、受講者は講習会が約3,000人、検定試験は約2,000人にのぼった。
 こうした試みは外務員がオプション取引を正しく理解し熱意をもって営業に当たらない限り流動性の確保は難しいという東工取の見解に基づくものだったが、取引所の思惑とは裏腹に外務員には積極的にオプション取引に打ち込めない事情もあった。理由はいくらオプションを顧客に販売しても、それが実績評価されることがなかったためである。オプションは手数料が安く収益性に乏しかったのである。

<次号に続く>

(Futures Tribune 2024年6月4日発行・第3291号掲載)

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