コメ先物は構造改革に効果あり~山下一仁氏が講演【上】

2024-10-07
キヤノングローバル戦略研究所の山下一仁研究主幹

キヤノングローバル戦略研究所 山下一仁研究主幹

 農業シンクタンクの農政調査委員会は6日、第13回米産業懇話会を開催しキヤノングローバル戦略研究所の山下一仁研究主幹(農学博士)が「日本の安全保障を脅かす農政リスク」を演題に講演した。同氏は農業政策や農協に対し批判的な立場に立った著書が多いが、コメ先物についてはその必要性を主張している。講演後の質疑応答で「コメ先物が構造改革に果たせる役割は?」との質問に対し、「一定の効果は見込める」と期待感を寄せながらも「指数化された先物ではなく、コシヒカリなど(前回の商品設計のような)銘柄米の先物市場が実現できればよかった」との考えを示した。それでも「先物市場の利用は価格の安定化に役立つ」とし、「コメ先物が拡大すれば農水省がやっている保険のシステムはいらなくなる」と述べた。今回は同講演を特集し、以後2回ほどに分け掲載する。なお、講演内容については繰り返しの部分などを削り、明らかな言い間違いは修正した。また読みやすさの観点から中見出しを挿入し、一部文言を付け加えたり表現を変更したが、文責はすべて本紙にある。


楽になったコメ農業、未だにイメージは「おしん」の世界

図1

 日本の農業にはたくさんのウソがあります。私は農水省に30年間勤めましたが、私自身が相当ウソをついてきたという気持ちがあります。農水省も学者もデータをそれぞれ都合良く利用するなどして世に広め、それを実態を知らない一般の国民が信じるわけです。
 米は漢字で書いて八十八、昔は生産に大変手間がかかったことから、今でもコメ作りに対しNHKドラマ「おしん」の世界を想像する人が多いですが、実際は機械化の進展で現代のコメ農業はどんどん労働時間が減っています。1haの米作に必要な農作業日数を比較すると、1日8時間労働で換算して1951年(昭和26)の年間251日に対し、2020年は27日で済んでしまうのです。
 私があるところで「稲作は大変ですね」といったら、農家が「車の運転ができれば稲作などすぐにできますよ」、つまりトラクターさえ運転できればすぐにできるといったんですね。それほど稲作は簡単な農業になってきました。
 だがこういう事実を大半の人は知りません。現代では週末田んぼに出て少し作業をするだけで、1haほどのコメなら簡単に作れるのです。ところが日本の農業経済学者は、未だに農家は貧困でかわいそうだという前提で議論するわけです。そもそも真逆のデータに接しているのに本当にそう思っているのかも疑わしいものですが、こうした議論は柳田邦夫の言葉を借りれば著しく農家を侮辱していることになるのです。
 農業経済史研究の暉峻衆三博士はいわゆる「貧農層」について、1960年代終わりには消失したと指摘しています。図1(※図はすべて講演資料より引用)の折れ線グラフは農家所得をサラリーマン(対勤労者)世帯の収入で割ったもので、右目盛りの数字が100以上になると農家所得の方がサラリーマン世帯の収入を上回ることを意味します。図を見ると1960年当時は農家所得の方がサラリーマン世帯の所得を下回っていたことがわかりますが、こうした背景から農家の所得格差是正の観点で農業基本法が制定されたわけです。
 1965年になると農業所得が逆転していますが、ただし中身が問題です。図1の棒グラフでは左側が農家の全体所得で、右側がそのうちの農業所得を示していますが、ここに表れているとおり、農家所得の大半がサラリーマンとしての給与所得であることを意味しています。このデータは農家全体を対象としたものですが、割合からいってコメ農家の実態ととらえて問題ないと思います。
 農村も変わりました。1970年当時、農家の割合が70%以上の集落は日本全体の63.4%ありましたが、2020年になるとこうした集落はわずか3.4%に減りました。今や農村といえども農家の割合が30%未満の集落が日本全体の70%にまで増加し、農村の中で農家がマイノリティになるという奇妙な結果が生じています。
 こうした事例を含め国民の大半が農業に対し無知であることを利用し、下記のようなウソがまかり通っています。
①農業の規模が小さくて、農業だけでは食べていけないから、兼業せざるを得ない。
②兼業農家がいなくなれば、農業生産は縮小し、食料安全保障は確保できない。
③関税がなくなると、農業は壊滅し、食料自給率は低下する。
④アメリカは食料を戦略物資として使う。だから高い関税で国内農業を保護するのは、国民のために当然だ。
⑤規模拡大が進まないのは、先祖伝来の農地なので、零細な農家が農地を貸したがらないためだ。
⑥貧しくて小さい農家は環境にやさしい農業を行っている。だから小農は保護しなければならない。
⑦米生産(農業)を維持する ため米生産を減少(減反)しなければならない。
 特に最後の減反についてはそもそも理論として破綻していると思いますが、こうした主張を堂々と掲げる人たちが日本農業のリーダーシップを担っているという現実があるわけです。


パン食の広がりはアメリカの策略か?戦中の食生活大改革

 さらにメチャクチャな暴論ですが「アメリカ悪玉論」を声高に言い続ける人もいます。戦後アメリカが小麦を日本に輸入させるためにキッチンカーで日本全国を走り回り、パン食を啓蒙したため日本の食生活が変わったと主張する書籍も出ていますが、これは大ウソです。食管制度は1942年に制定され配給制度が導入されましたが、ここで都市生活者へのコメ供給量を大幅に削減したのです。農家の自家消費米割合を増やしたことになるわけですが、それ以前はくず米しか食べられなかった農家が配給制度でまともな米食が可能となり、逆に都市生活者はある程度麦で腹を満たさなければならなくなったのです。ここで日本の食生活の大変革が起こったわけです。
 アメリカは戦後、パン主体の学校給食にしろとは全く命じていませんでした。むしろアメリカからコメを輸入してほしいと要求していました。しかし当時の日本は外貨が不足しており、加えてアメリカ産米の値段が非情に高かったこともあり、量を重視し安い小麦を選択した経緯があります。それでも結果的にアメリカ産米を20万t輸入させられましたが、これは農業予算獲得の代償といえるものでした。戦後GHQによって農業予算を削られた日本でしたが、「アメリカ産の農産物を購入する際日本が用意する代金の7割を日本の経済開発に使える」という仕組み(PL480タイトルⅠ)を利用して愛知用水を開発したわけです。これにアメリカ農務省は反対しましたが、当時の東畑四郎農林次官は吉田茂首相とアメリカに行き、経済開発に農業開発を含めることを認めさせたのです。米20万tはこの代償でした。


偏向のNHK特番、資金源はNHKと蜜月関係の農協

図2

 図2は1960年以降、国産米と外国産小麦における政府売渡価格等の推移です。外麦は1960年と2022年を比較すると価格は2倍の水準ですがほぼ横ばいの推移といえます。これに対し国産米は4倍以上に上げているわけです。コメの値段を上げて麦の値段を据え置くことは、コメの需要を減少させて麦(パン)の需要を増やすことなのです。
 1960年、日本におけるコメと麦の消費量の差は3倍以上ありましたが、今は限りなく1(等倍)に近づいています。これは小麦の消費が増加したというより、コメの消費が減少した結果といえます。
 NHKスペシャルが2023年、農業従事者が減少してコメの十分な供給ができなくなるという番組を放送し危機感を煽りましたが、私は唖然としました。供給量が足りないのになぜ減反しているのかという矛盾を指摘することなく、こうした番組を放送してしまうのですね。1995年、食管制度が廃止された年を起点に2022年と比較すると、農業従事者数は30%減で当時の70%ほどですが、農業生産額は10%程度しか減少していないのです。これについては私が日本で最も尊敬する農業経済学者の東畑精一(1899~1983)が以下の主張をしています。「営農に依存して生計をたてる人々の数を相対的に減少して日本の農村問題の経済的解決法がある」。つまり農家戸数を減少させなければ日本の農業・農村は繁栄しないというわけです。
 また東畑は「政治家の心の中に執拗に存在する農本主義の存在こそが農業をして経済的に国の本となしえない理由である」とも指摘しています。これに対して農業基本法を作った小倉武一(1910~2002)は役人でしたが、「農民層は国の本とかいうよりも、農協系統組織の存立の基盤であり、農村議員の選出基盤であるからだ」と返しています。
 農家戸数、農業従事者数の減少歯止めを訴えていたNHKスペシャルですが、こうした主張は誰の利益に結びついているのか。農業・農村の利益ではありません。ある特定の組織、つまり農協のためにNHKスペシャルは制作されたのです。NHKと農協は二人三脚です。私が以前農水省から飛ばされた時、ある人に「あなたの持論をNHKの食料フォーラムで展開してみたらどうですか」と誘われ、NHKの人を呼んで話をしたことがあります。その人はNHKエンタープライズの所属でしたが、私に「山下さん、あなた2,400万円払えますか」というのです。フォーラムへの参加が有料とは驚きました。結局番組の制作資金は農協から出ていたわけです。公共放送を謳っておきながら残念なことです。
 日本の農家戸数は減少していますが、それでも現状で農家戸数はまだ多過ぎます。私が認識する日本農業最大の問題として、以下の調査結果を紹介します。
 ある程度規模の大きな農家を対象とした農業構造動態調査(2022)によると、稲作を行っている農家の割合は54%と、野菜18%、果実13%を大きく離して最大シェアとなっていますが、対して農業生産額に占める割合(2021)はコメが16%と野菜24%、肉用牛・酪農牛20%を下回っています。普通ではありえない数字で、いかにコメ農業に零細で非効率な農家が多数介入しているかという証左なのです。こうした現状は農水省の政策による結果といえます。

図3

 図3は2018年のデータですが、酪農やブロイラーは1,500万円ほどの年間所得があります。ところが水田作は400万円ちょっとで、もっともこれは日本人の平均所得水準なので少ないとはいえませんが、水田作の内訳で稲作所得は非常に少額なわけです。この図を見ると稲作は年金生活者とサラリーマンの兼業によって成り立っていることがわかります。

(以下、次回へ続く)

(Futures Tribune 2024年9月27日発行・第3314号掲載)

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