先物市場がない方がコメの値段は大きく動く(下)

2024-05-23
新潟食料農業大学渡辺好明名誉学長

新潟食料農業大学 渡辺好明名誉学長

コメ先物を公に認めた江戸幕府の慧眼

 コメ先物取引が2011年に認可された時、JAがコメの値段がますます下がっていくにちがいないと言って反対したんです。さらに、価格が乱高下するとも言ってきたんです。実は歴史的に見ると、先物取引によってコメの値段を上げようとしたんです。江戸時代の武士の給与はコメの何石とか、コメで支払っていましたね。だから、コメの値段が下がるということは武士の給与が下がるということだから、値段が高くなれば、武士の給与も上がって購買力がつくということになるでしょう。徳川吉宗は大岡越前守と組んで、大飢饉があった後だから、コメをもっとたくさんつくって増やさなければいけないということで開田させるわけですね。しかし、しばらくしたらコメがドンドンできて値段が下がってきた。経済は豊かになって、コメ以外のものの値段は上がったので、武士にとっては踏んだり蹴ったりの世の中になった。そこで大岡越前守は大坂と江戸の商人に知恵を出させ、買い手を増やして、値段を上げようとした政策が先物市場を開設させた。
 江戸時代にコメの値段をどうするかということは、為政者の将軍とその取巻き達の最大の関心事で、吉宗と大岡越前はコメの先物市場を公に許した(公許)。大坂では入ってきたコメを小切手の形で転々流通させたので、買い気配が増えていった。その背景には加賀藩が応援したということもあった。江戸のほうは入ってきたコメを武士や町人たちが食べて終わってしまったので、買い手は増えず、値段は上がらなかった。それで江戸では、大岡越前が町人にコメの値段は上ると言っていたのに全然上がっていないのはどういうことか、よって公許を不認可とするとお達しを出した。大坂はうまいことやったということで、その末裔が大阪の堂島取引所です。
 先渡取引をやっていた取引所はヨーロッパにもありました。1530年ぐらいにアントワープ取引所があって、先渡取引をやっていた。先渡取引と先物取引を混同しているのは大問題です。先物取引では現物がほしいわけではなくて、将来の価格によって生ずるリスクを軽減したいということで、いずれリスクが見えてくれば、最後の決済までの日に金銭で差し引きゼロになるという金銭で解決するというものです。価格の上昇、下降については金銭で調整することが先物取引の役割です。
 農水省は今、備蓄米を年間100万トンほどしているが、まだできていないコメの買入れを約束しています。まだ田植えをしていない時に、いくらで買うということを決めています。だから政府が買う時にはコメ農家が大損するかもしれませんね。そういうことがあるので、そういう時に備えて、お金で調整する仕組みが必要なんです。だから現物取引、先渡取引、先物取引の3つが連携して初めて安定的な価格と需給の調整ができるということです。JAグループが買い取る価格を5年先まで決めてしまうという案もあるが、その時の価格がどうなっているかは分からないですよね。去年や今年のように1俵2万円もする現実がある時には、まだ上がるのではないかと思い、なかなか出してこないですよ。そこで生産者が博打に出ていいのかという気がしています。
 商品先物取引の場合は、商品先物の清算機構を法律で設置することが義務になっていて、未払いがないようなしくみになっています。
 それから将来価格が分からない、リスクを調整する能力は現物市場にはないということです。それは非常に大事なことで、現物を扱っている全農の相対取引は市場とは言えないと思っています。それから業務用コメを中心に取り扱っている「仲間相場」、まだごく高い品質の「雪舞」や自然栽培米を取り扱うようになった「みらい米市場」というものがありますが、どれが公正で、どれが長続きして、どれが危険が少ないかというところまではなかなかいかないと思います。
 『赤いダイヤ』という小説を読んだことがありますか。先物取引で損をしたということをいう人はこういう小説の読み過ぎです。自分のリスクを調整したり、軽減しようとする人たちにはこういう小説はまったく関係がない。小豆の先物市場が東京穀物商品取引所にあった時に、そこのメインプレイヤーは北海道の農業協同組合連合会の「ホクレン」でした。小豆のことなら「ホクレン」に聞けということで、「ホクレン」が小豆で大損をしたということを聞いたことはありません。ヘッジを中心にやっている限りは先物取引はごく危険の少ない取引ということです。
 九州などの早期米地域では、出荷時にどのような価格なら生産農家や卸売業者など世間が理解するか悩んだことがある。だから現物市場だけではなくて、先物市場も必要であると言っているわけです。小さい農家はどう考えても、購買力の強い全農に勝てるわけがない。全農の集荷力に対抗していくためには公開された適正な価格形成の場が必要ということです。
 今から7、8年前にJA改革が謳われて、できるだけ農家のつくった産物は全農が全部買い取りして、全農が売りなさいと言われました。それはあまり進んでいませんが。今は委託販売なんです。農家から預かったコメを売る、そして売った後、これしか売れませんでした、そこから手数料を引きましたので、これでよろしくというわけです。リスクは誰が負っているかというと、委託販売の場合は生産農家が負っているわけです。でも全農が買い取ってしまったら全農は気が気ではないですよ。買い取ってしまったコメをどうやってうまく売るか、そして将来の価格が下がっていくとなったら、それをどう手当てしていくか。買取り販売はJAがリスク負担、委託販売は農家がリスク負担ということは覚えておいてください。
 現物取引には正当性があって、先物取引には正当性がないということを言う人がいます。
 消費者にとって先物取引は価格の高騰と乱高下の元凶と言った農林大臣がいました。こういうことはないことは歴史的な決着がついています。学問的にも決着がついています。大正時代のコメ騒動で、当時の農商務省の仲小路大臣が先物市場を止めろと言ったんですけれど、大投機家の増田貫一が「政府の政策が悪くて、お金をジャブジャブにするから、それにコメは不作だから現物の値段が上がっているんだ。こんな時に先物市場という競争相手を潰せば、現物市場は一人勝ちで、ドンドンものの価格が上がって、ものは足らなくなってパニックが起きるぞ。そんな時に俺のところに言ってきても駄目だ」と言った。結果は増田貫一が正しかった。
 学問的には東大の八木宏典先生が昭和14年に食管法ができる前までの35年間のコメの価格を分析したところ、現物の価格の動きの方が幅が大きい、よく乱高下する。ところが先物価格は平準化の機能が働いて、こちらのほうが安定していて値幅が小さいことが分かった。価格の上下変動を是正するのが先物取引であるということです。買う人に応えて、食べる人に応えて仕事をするのが政治家と行政官の役割でしょう。
 日経新聞に書いてあることをここに記しました。〈先物市場は人間に例えれば体温計だ。熱がある時に、人為的に上下設定をしても、熱は下がらないどころか、手当てが遅れて取り返しのつかないことになる。価格発見機能、それからでる需給誘導機能を骨抜きにしてはならない。価格が生産者に対して、これからいくらつくってほしいか、これからいくら控えてほしいかということを先導するのですから、そういうふうな自由な動きを止めてはいけない〉ということが随分前に書かれてありました。
 堂島取引所が今回、コメの指数取引の上場を申請しています。6月30日までには国会が終わりますので、その頃には堂島のコメ先物市場の再開があるかどうか、楽しみに見守っているところです。
 いずれにせよ、私の結論は消費者の立場に立て、それから日本が持っている水田という冠たる生産装置、環境装置を十分に活かして輸出ができるように。それで世界の飢餓を救うことができるようにという方向に行ってほしいと言い続けています。

(Futures Tribune 2024年5月10日発行・第3286号掲載)

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