金と穀物を握った米国、70年代の東西冷戦にみる価格覇権戦争【上】

2024-01-26

 2023年もロシアとウクライナの戦争は終結の兆しを見せず、さらにパレスチナ自治区を支配するイスラム組織ハマスとイスラエルとの戦闘が10月に始まり、ますます世界情勢は混迷を極めた。ウクライナは穀物の主要輸出国だが、夏には輸送経路の安全性に対するロシアの脅しが米国の小麦やトウモロコシの先物価格に影響を与えた。
 まず世界的にインフレの波が広がり、物価上昇が続いた。帝国データバンクによると、12月に値上げした食品関連の品目数は677で、年間を通じた食品の値上げ累計数は3万2,395品目に及んだ。物価の上昇は景気の拡大とともに発生するケースが大半だが、景気が停滞していても物価上昇が進行する場合がある。こうした不況下におけるインフレを「スタグフレーション」と呼び、かつて2度の石油ショックが発生した頃に定着した言葉である。スタグフレーションは「スタグネーション(景気停滞)」と「インフレーション(物価高騰)」を組み合わせた造語で、イギリス保守党のイアイン・マクラウド下院議員が1965年、下院のスピーチで使ったのが嚆矢とされている。本稿は米国が金と穀物の価格覇権を握る過程を特集するが、まずは70年代にアメリカを襲ったスタグフレーションを辿ってみたい。


 スタグフレーションは1970年代に米国で発生し、約10年間続いた。元日銀理事の門間一夫氏は、現在の日本経済について「急性ではない緩やかなスタグフレーション」と称しているが、一般的にスタグフレーションは供給面のトラブルから生じる場合が多い。先述のように第1次石油ショック(1973)、第2次石油ショック(1979)の後には、この傾向が米国のみならず世界規模で広がった。スタグフレーションの状況下では、中央銀行は景気対策(金融緩和)とインフレ対策(金融引締め)という相反する対策の舵取りに苦慮することとなる。
 なお、米国の70年代の主なインフレ要因は、リンドン・ジョンソン大統領が1964年に導入した高齢者医療保障と公的健康保険を併せた福祉プログラム「偉大な社会」と、ベトナム戦争の戦費増大だったとされている。インフレにより米ドルの購買力低下を招き、これが71年のニクソンショックによるドル安を経て73年の石油ショックへとつながった。
 石油価格が上がったのは原油がドル建てだったことで、産油国の利益が削られ値上げを余儀なくされたからである。米国は70年代のスタグフレーションにより物価が2倍になったが、同時に景気後退を招いた。
 潮目が変わったのは1979年、第12代連邦準備制度理事会(FRB)議長に就任したポール・ボルカー氏が金利を引上げ通貨供給量を抑制的にする政策、いわゆる「ボルカー・ショック」と呼ばれる金融引締め政策を断行したことで、これがインフレを抑え込んだ。
 翌80年にはロナルド・レーガン大統領が減税および規制緩和を通じた景気拡大政策「レーガノミクス」を実行してスタグフレーション解消に成功し、現在につながる強いアメリカの基盤を形成した。なお、80年代初頭はボルカーショックの高金利によって海外から資金が米国に集中し、景気回復に伴う輸入増で貿易赤字が膨らんだ。さらに東西冷戦による軍事支出も積み上がり、いわゆる双子の赤字が問題視され始め、これらが85年のプラザ合意に帰結していく。


先物取引(Futures)と先渡し取引(Forward)の違い

 米国がスタグフレーションに苦しんでいた1974年、独立政府機関の商品先物取引委員会(CFTC=Commodity Futures Trading Commission)が設立された。この当時も現代と同じように原材料となるコモディティ価格が上昇しており、市場の健全性を維持し参加者を保護する必要があったためである。
 CFTCの行動指針は「堅牢なレギュレーションにより米国デリバティブ市場の①完全性、②弾力性、および③活性(Integrity,Resilience, andVibrancy)を促進すること」だとしている。言い換えると、先物市場における価格発見機構を保持しつつ買占めなどの市場操作に対する耐性の確立、米国先物市場の活性化と発展といっていいだろう。これらを阻害する行為に対しては、明確にペナルティを科してくる。
 そもそも先物取引とは何か?元農水事務次官で東京穀物商品取引所で社長を務めた渡辺好明氏は、日本のコメに対し「現物・先渡し・先物の3市場がそれぞれの機能を果たすことが重要だ」と述べているが、先物取引と先渡し取引を比較することでより鮮明に先物の機能が浮かび上がってくる。
 先物取引(Futures)が先渡し取引(Forward)と異なる代表的な特徴は、①カウンターパーティーリスクの解消、②少額の証拠金で取引可能なレバレッジ機能、③日々の損益清算により含み損益を持ち越さない機能―の3点である。
 ①は清算機構(クリアリングハウス)の存在で、売り手と買い手がともに契約履行リスクが生じないことを意味する。②は清算機構が価格変動を分析して導き出した必要証拠金額が当日に生じる最大損失額以下であれば、清算機構は取引相手のデフォルトリスクを負うことはなく、少額の証拠金で時価総額が10倍以上であっても取引が可能となる。③は上記2点を満たすための前提条件といえるもので、いってみれば含み損益を翌日に持ち越さないという機能こそが、先物取引の本質的な特徴と定義することができる。
 一方の先渡し取引は、将来の特定期日での特定価格による資産の売買取引という、取引機能の根底部分は先物取引と変わらないが、相対取引(OTC)であることで取引相手のカウンターパーティーリスクを伴い、証拠金預託によるレバレッジ機能もない。さらに決済など取引条件によってはポジションに含み損益が発生する可能性もある。だが先物取引にないメリットとして、標準品の規格に縛られる必要がないので、当事者間で取引条件をカスタマイズできるといった点が大きな利点といえる(下記表参照)。

先渡し取引(Forward)先物取引(Futures)
①将来の一定期日に決済を約束する取引①将来の一定期日に決済を約束する取引
②転売買戻しによる差金決済ができない実物取引②転売買戻しによる差金決済ができる実物取引
③契約相手が特定される③契約相手が特定されない
④決済終了まで債権債務が継続する④債権債務が切断され継続しない
⑤取引が個別相対の連鎖状になる⑤取引が集団対集団関係となる
⑥取引相手の信用に基づく無限責任による⑥会員全体などの集団的組織による担保
⑦取引が仲間に限定されがち⑦仲間以外の一般委託取引が容易となる
⑧値洗いを必要としない⑧値洗いを必要とする
⑨クリアリング・システムを必要としない⑨クリアリング・システムが不可欠
⑩取引所のような強制力をもつ特別機関を必ずしも必要としない⑩取引所のような特別機関を必要不可欠とする
⑪現物の受渡しが主となる⑪差金決済取引が主となる
⑫両建玉の相殺による差額決済は決済履行日においてのみ可⑫両建玉にあっても相殺決済はありえない
⑬単一約定方式(板寄せ仕法)ができない⑬単一約定方式(板寄せ仕法)も複数約定方式(ザラバ仕法)もできる
(Futures Tribune 2024年1月1日発行・第3260号掲載)

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